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    • 2011.02.02 Wednesday
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    Memorium Nürnberger Prozesse

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      http://www.memorium-nuernberg.de/


       今日、去年末にオープンしたばかりのニュルンベルグ裁判記念館に行って来ました。第二次世界大戦のドイツ戦犯が裁かれた裁判所で、その審判の歴史やその資料が展示されています。ついでに東京裁判についての情報も少しだけ。

       帰国まであと少しと気づくと、色々と思い残しがないようにと思ってしまいます。勿論、来ようと思えばいつでも来られるのだろうけれど、今出来るならば、と。
       スーパーに行けば試さなかった食材に気が惹かれ、人と話せば訪れなかった場所に思いを馳せ。欲張りだなぁと思いつつも、なるたけ一つでも今この時に経験したいと考えてしまいます。
       そういう意味では、慣れきったこの生活の中で、帰国までのこの一時がまた特別な意味を持ち始めた気がします。


      Weihnachten in Dresden

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         12月24日から26日のあいだ、Dresdenドレスデン近郊のPirnaピルナという街でクリスマスを過ごしました。そこにはAndreaの実家があるのです。

         24日。朝5時半発の電車でDresdenへ。Erlangenからは特急電車に乗って5時間。雪が降っていました。左奥に見えるのが十字架教会、手前の広場で、ドイツで一番歴史が長いと言われるクリスマスマーケットが開かれています。↓




         昼過ぎ、早々に店じまいを始めるマーケットを横目に、いざPirnaへ。Dresdenから30分ほど電車で行ったところにある街で、そこにAndreaがご両親とおじいさん、おばあさんと共に暮らしていた家があります。
         今日はクリスマスということで、普段はLeipzigライプチヒに住んでいるというAndreaのお姉さんKatjaカーティアも集合。叔父さんのMarioも来ていて、総勢8人でのクリスマスです。

         大きなツリーの下にはクリスマス、たくさんのキャンドル。胡桃やチョコレートが部屋中に置かれていて、クリスマスソングが流れ。キリスト教ではないと言っていたけれど、私にとっては「(映画や本で見た)クリスマスらしい」クリスマスでした。
         24日の夜は豪華な夕食とクリスマス交換会。
         25日は一日ご飯を食べる日なんだとか。日本で言う、お正月ね。人が集まって、朝から晩まで、食事のあいだには何かしら摘むものが出されている状態。満腹、満腹です。
         26日、AndreaのVatiとMutti(父と母)と一緒にDresden観光。




         ↑ クリスマスプレゼントのピラミッド。四方のキャンドルが空気を温め、それによって上の車がくるくる回るのです。ドイツのクリスマスアクセサリーの一つ。 


        Christmas Eve

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           24〜26日まで、ドレスデンにあるAndreaの家に遊びに行ってきます。朝5時半の電車に乗って。というのも、24日の14時にはクリスマスマーケットが閉まってしまうらしいのです。行ったことがないという私のために、Andreaが朝早い電車を予約してくれました。感謝。
           ドイツのクリスマスってどんな感じなのかしら。彼女曰く、キリスト教徒式のお祝いではないらしいのですが、ドイツ風のお祝いであることに変わりはないものね。楽しみです。

           それでは、みなさま素敵なクリスマスを。そして、良い年をお迎えできますように。
           Ich wünsche Ihnen frohe Weihnachten und guten Rutsch ins neue Jahr:)))!!


          父と、

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            北ドイツを巡ってきました。

             15日、新幹線でびゅいんとGoslarへ。木骨家屋が並び、魔女伝説の残る街です。木骨家屋とは、木材で骨組みをし、その餓えに煉瓦や石を積み上げた家。壁にそれらしく絵を描かれた家もあって、街全体で木骨家屋をうりにしているんだなという印象を受けました。
             ドイツの古い家には、組み立てた箱を積み重ねたような家もあり、だるま落としを上下逆さまにしたような層の家もあります。造りからして、日本とは違う歴史があるのねぇ。



             その後、Celleのクリスマスマーケットに行きました。オランダから来たという、たこ焼のような甘いお菓子が美味しかったです。日本のパンケーキが食べたい。あの味は何なのかしら。小麦粉にはない甘さは…化学調味料?


             16日。午前中に、こちらも木骨家屋が有名なCelleの街並みを見て、午後はSchwerinというお城の綺麗な街へ!!
             かなり強く吹雪いていたけれど、おかげで幻想的な景色に。前回来たときは見られなかったお城の内部も回ることが出来ました。このお城は四方を湖に囲まれていて、その中に浮いているので、夏には水と緑のコントラストの中に白い城壁が浮かび、とっても綺麗なのです。




             17日は、Lübeckへ。Thomas Mannの生まれた街で、Marzipanが有名です。大聖堂が大きいのよね。海辺の街ということで魚介を食べようと父と話していたけれど、寒くて近場のギリシア料理店へ。私はお米で、父は大好きなラム肉でご機嫌に。ラムは二日連続になっちゃったね。


             父との旅行は、四年前の大分以来。
             電車トラブルが多かったり、早く歩いてしまったり(私はどうやらドイツで歩くスピードを上げたらしい)。日々是好日。


            WIEN

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              に行ってまいりました。ハプスブルグ家が栄え、19世紀末には芸術が花開いた街。今回の旅のテーマは「建築」!!土日の一泊旅行と、限られた時間の中での旅のため、美術館や博物館、名所は全部カット。かおりと2人、好きな建築だけを見て来ました。

               11日。深夜3時のニュルンベルグ発で出発、75分の遅延で10時半にウィーン到着。
               まずは、オットー・ワーグナーによる、マヨルカハウスとメタイオン(写真左手がマヨルカで、右手がメタイオン)。マヨルカ焼きのタイルを使っていることから、マヨルカハウスという名がついたというように、赤いバラも緑の葉もぜーんぶタイル張りの壁が本当に綺麗。
               建築家であるオットーは1841年生まれで、アールヌーヴォーの装飾と、時代にあった機能性の調和を図ったことで有名です。ここは今でも人が住んでいるのです。アパート。
                


               続いて、これまたオットー作のカールスプラッツ駅を見て、セセッションへ。ここは19世紀末に分離派と呼ばれる芸術家たちが集った場所。中には、クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」があります。べートーベン「第九」をモチーフにした絵画で、もともとは分離派の展覧会のために制作されたものだけれど、その後オーストリアの所有物となっています。テーマは「人類の幸福への憧れ」。生で見れて、良かった。
               ちなみに建物自体はオットーのもとで学んだ、建築家ヨーゼフ・マリア・オルブレヒの作品。彼も分離派の一人です。



               ドイツよりも寒くて強い風を全身に受け、「さむーい」と繰り返しながら、やっと見つけた郵便局。アルミとガラスが使われ、軽くて明るい印象を受ける建物です。これもオットー作。
               もう日没近くで日も出ていなかったため暗めだけれど、太陽のある日には、天井も床もガラス張りなので、光が透き通るように空間全体に行き渡るのだとか。
                


               その後、ウィーンのクリスマスマーケットに行きました。売っているものも、屋台の飾りも似ていたけれど、ここではライトアップに力を入れているせいか、更に明るく輝いて見えました。
               
               12日。オットー最後の作品であるシュタインホーフ教会を見た後、ドナウ川を上って、フリーンデスライヒ・フンデルトヴァッサーの建築郡へ。



               フンデルトヴァッサーというとカラフルで曲線を大事にした芸術家で、またの名を「ウィーンのガウディ」とも言われるほど建築が有名になった方。2000年まで存命だったため、建築も意外と綺麗なまま残っています。数も多いしね。写真にあるのは、今は芸術ホールとなっている建物。これは、あまりカラフルではありません。が、所どころのタイルが色鮮やかでしょ。同潤会に似ているんです。かわいらしい。

               その後、デーメルにて、ザッハトルテを頂きました。ウィーンで有名なケーキ、ザッハトルテ。チョコレートケーキのあいだに、あんずのジャムを挟んだもので、ザッハホテルとデーメルの二箇所が有名。デーメルで「すみれの花の砂糖づけ」が欲しかったので、私たちはデーメルでお茶をしました。といっても、ザッハホテルも見てきたのだけれど。
               最後に、時間があったので、シェーンブルン宮殿にも行きました。ここにも小さなクリスマスマーケットがあって、じゃがバタらしき食べ物が。なんだか懐かしい匂いでした。


              今週の土日は、

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                 かおりとウィーンに行ってきます。クリスマスマーケットを見て、ザッハトルテを食べ、分離派の絵を味わい、19世紀末のウィーンを経験してきます。イエイ。 
                 で、月曜日からは父が来るよー。
                 ということで、次回のブログ更新は19日以降となります。ではまた!

                Stuttugart

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                   ドイツで一番大きい、シュトゥットガルトのクリスマスマーケット。
                   ドイツで一番歴史が長い、ドレスデンのクリスマスマーケット。
                   ドイツで一番有名な、ニュルンベルグのクリスマスマーケット。

                   今日はその一つ、シュトゥットガルトに行って来ました。朝7時半発の電車に揺られ〜。というのも、例年より三週間も早く振り出した雪のせいで、ダイヤの乱れが激しいのです。通学で使うことも多いエアランゲン−ニュルンベルグ間は、本来三十分というところが、一時間半になったり…
                   しかし着いてみると11時。予定通りだったため、そのままメルセデス博物館へ。創立から現代に至るまでの歴史と、当時のエンジンや自動車本体が展示されています。
                   メルセデスは車輪を発明したベンツとダイムラーが、その後多くの移動手段を発展させたのが始まりだったそうです。エアバッグなどの安全対策にいち早く着手したのがメルセデスだとか、レトロなフォルムから現在のようなボックスタイプに変わったのは戦後のデザイン革命に影響を受けたのだとか、色々知ることが出来て、何より可愛らしい車を見ることが出来て楽しかったです。
                   オーストリアで使われていた、移動式の郵便局。↓




                   そして、お待ちかねクリスマスマーケットへ。
                   それはとっても大きな広場でした。やっぱり市は夜になってからが一番!イルミネーションも輝き、寒いなかグリュワインを飲んで、あぁドイツにいるんだなぁって実感。
                   ニュルンベルグの市に出ている屋台とは違い、お店の一つひとつの屋根に飾りつけが工夫されていたのが特徴なのかしら。中には仕掛け人形もいて、力を入れてるなぁと思わせられます。

                   来週はWienのクリスマスマーケット。愉しみ♪


                  ニュルンベルグ・クリスマスマーケット

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                     今日は予報通り朝からずっと雪。日が沈んでからも止む気配はなく、おかげで幻想的なクリスマス市を愉しむことが出来ました。舞台はニュルンベルグ。26日から始まったクリスマス市は、今年も大盛況で、日本人の観光客もいっぱいです。ちらほら聞こえる日本語にビックリしたり…

                     クリスマス市では、その都市ごとに違うカップを見ることが出来ます。グリュワインでもコーヒーでも何でも飲めるけれど、やっぱり冬はグリュワイン。エアランゲンは二種類だけだけれど、ニュルンベルグは四種類はあったかな?来週はシュトゥットガルトに行くので、一個お気に入りを見つけられたらなぁと思っています。


                     余談ですが、昨日久しぶりに一刻者を飲む機会に出会えました。芋、久しぶり。美味しかったです。

                    from Hamburg

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                       5〜7日のあいだ、ハンブルグから、なりとさんちゃんが遊びに来てくれる。ということで、南ドイツを中心に3人でショートトリップ☆皆、それぞれ授業があるので、週末だけ遊ぶのさぁ。だって、折角会えるのだから!!彼女たちは丸々一年ドイツでの生活が待っているけれど、私はもう帰国まで後3ヶ月だからね。日本では会ったことがない友達と、ドイツで会うという、この不思議さ。
                       彼女たちは、去年サマースクールに参加したときの仲間で、秋からハンブルグに留学しています。今は2人とも、私が以前過ごしたBerlinerTorという、一番新しくて綺麗で広い寮に入れたのだとか。大学にも地下鉄で一本だし、本当便利なところです。

                       懐かしのハンブルグ大↓。


                      Barcelona und La Coruña

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                         7日〜カタルーニャに住むJoanaを、10日〜ガリシアに住むLuciaを訪ね、スペインに行って来ました。お世話してくれたJoana,Lucia,そしてご家族の皆様、本当にありがとうございました。
                         大石とゆうなちゃんと待ち合わせ、いざ利用不便なミュンヘン・メンミンゲン空港へ!えがとダブリンに飛んだ空港で、メインのミュンヘン空港とは全くの別物です。接続が悪いのよねぇ。

                         7日。無事、毎度御馴染みRyanairでバルセロナに到着!!バルセロナにも空港は2つあり、降り立った空港がバルセロナ、もう一つは最近出来たばかりのバルセロナ・レウス空港。Luciaのもとに行く、vuelingに乗るのはレウスの方です。この違いが、後々大きな意味を持つことになるのですが…
                         ともかく車で迎えに来てくれたJoanaと共に、夕暮れのTarragonaへ。ローマの遺跡が残る海辺の街で、ちょうどバラのお祭りが開催されていました。そして、大石念願のチュロスを堪能!チュロスはスペイン発祥のお菓子らしいですね。なんとLuciaと再会後4日連続で食べることになります。
                         チュロスはホットチョコレートにつけて食べるのが伝統的なのだとか。↓




                         8日。Joanaが以前は家族と住んでいたという家に泊まらせて頂き、一人一部屋でぐっすり就寝。今日は用事があるというJoanaに見送られ、3人でバルセロナのGaudi建築群、そしてピカソ美術館へ向かいました。バルセロナは歩こうと思えば歩けるし、地下鉄もあるので観光向き。
                         Gaudi(1852-1926)はカタルーニャの建築家で、グエルの援助のもとスペインに多くの建築を残しました。有名なのはサグラダ・ファミリア、カサ・ミラ、カサ・バトリョ、グエル公園。フランスのアール・ヌーヴォーに影響を受け、そこにキリスト教イスラム教の文化が融合したムデハル様式が加わって出来上がったモデルニスモ期の活躍者。写真(↓)は海をイメージしたカサ・バトリョ。アパートです。曲線が多く使われ、自然をモチーフにしたものが多いので、新しいビル群の中では浮きがちですが、カサ・バトリョはモデルニスモ期の建物が連続して並ぶ一角にあるので、そこだけ絵本の中に入り込んだように可愛らしい雰囲気を保っています。
                         写真集で見ていた頃、すごく大きくてどっしりしたイメージを作り上げていたけれど、実寸代で見るとそれほど大きくもないし、石造りの重々しい印象も受けませんでした。ただ人が集まる場所っていうのは、こんな風に光で溢れていて誰もが近づき易いところなのかなぁと思いました。見れて良かったです。
                         それとガウディの建築を見て、フランスのロンシャン礼拝堂(http://www.chapellederonchamp.com/)に行きたかったという願望を昔抱いていたことを思い出しました。コルビジェの作品で、安藤忠雄に影響を与えたのです。





                         9日はJoanaと4人で再びバルセロナ観光。8日にパエリアを食べていたので、この日はJoanaのお姉さんMariaと合流し、フォカッチャやアリ・オリ(すり潰したニンニクとオリーブオイルを合えたもの)をランチで頂きました。その後、Miroの美術館へ。ピカソ同様、絵を見るのに距離が必要な作家さんだなぁという印象を受けました。個人がないというか、誰もが主役になれるというか。なんだかスッキリしないまま、帰宅。


                         10日はLuciaのもとへ。Joanaが作ってくれたサンドウィッチを持って、Santiago de Compostelaへ。キリスト教巡礼の最終地点で、大きな聖堂があります。大きくギョロ目の天使と金ぴかな聖壇がポイント。とにかく人が多く、お土産屋さんも多い街です。


                         11日。2泊お世話になる、Luciaのお姉さんが暮らすラ・コルーニャは港のある、歴史ある街。魚介が美味しいし、チュロスもあるし、灯台も。そして砂浜には雲母がきらきら光っていて、夜景のロマンティックなところです。
                         Joanaの暮らすカタルーニャはカタロニア語、Luciaの暮らすガリシアはガリシア語。勿論、スペイン語が公用語としてあるのですが、やっぱり文化も歴史も違うんですね。で、ここラ・コルーニャの名物料理といえばTapas。これは、それぞれの料理が小さめのお皿に盛られてくるメニューで、魚介の美味しい町らしくタコにイカ、ムール貝などが味わえるのです。ベシャメルを使ったグラタンのようなムール貝、美味しかったなぁ。
                         写真(↓)はラ・コルーニャの教会。色合いがフィレンツェの聖堂に似ていて、個人的にお気に入りの一枚です。




                         12日。Vigoに行き、更にポルトガルへ向かう大石とゆうなちゃんとはここでお別れ。一足先に帰る私が空港に向かうと…
                        「Ryanair canceled」の文字が!!
                         なんでもフランスのテロ対策が強化されたからだとか…全部じゃないけれど、一部の飛行機は出立禁止なんだとか…

                         結局4人でVigo観光。そして夜、Vigoに一泊し、翌日バスでポルト(ポルトガルの一都市)に向かう2人と別れ、再びLuciaと私はラ・コルーニャに戻ろうと駅に向かうと…
                        「終電 満席」!!
                         結局、大石、ゆうなちゃんの泊まるホテルに一泊することになり、どんどんと別れが遠のいていった一日でした。笑


                         13日、ポルトへ向かう2人と別れ、ラ・コルーニャへ。私が以前から食べたいと言っていたフラン(ススペインのプリン)をゲット。もうこれでドイツに帰れる!と早めにベッドに入ったのだけれど…
                         あら、バルセロナには2つ空港があったんじゃなかったかしら、おまけにチケットには其々違う名前の空港が書かれているけれど…と1人悶々としている内に翌日に。


                         14日、サンドウィッチを作っているあいだに乗るはずだった電車を逃し、Taxiでサンティアゴ空港へ。相変わらずドタバタの旅です。そして今一番の問題を空港の窓口で聞いたところ、ここサンティアゴから降り立つバルセロナ空港と、ドイツへ旅立つバルセロナ・レウス空港が違うことが発覚!!が、バスも電車もあるし、JoanaにもLuciaが連絡を取ってくれたために、お互いハラハラしつつもお別れ。
                         バルセロナ空港にて、次の飛行機が立つまで3時間はあるし、と思っていたけれど、飛行機の遅れや電車の接続が悪いためにドイツ行きの便に間に合わない事態に!!おまけにJoanaはご実家の手伝いで遠い地にいるため会えず。

                         ピンチ、と思いつつ、帰るしかないので、ともかくバルセロナ空港から飛ぶドイツ行きの便を探すことに。Ryanairのお兄ちゃんにはネットで予約して、と言われ。(その窓口がチケットセンターだったのに!!)灯りは点っているのに無人な窓口がずらり。ともかく落ち着こうとLuciaが持たせてくれたサンドウィッチで昼ごはんを食べていると、地図を持った日本人旅行者からは「ここは何処ですか」と聞かれる始末。けれど彼のおかげでなんとか平静を保つことが出来たような気もします。やっぱり誰かに頼られるとしっかりしなきゃ、と思えるものなんですね。
                         で、気を取り直してairberlinへ。ドイツの空港会社で、なんと窓口のお兄ちゃんもドイツ語を話してくれたのです!!なんだか一気に安心してしまい、(14日Luciaからairberlinは無駄に高いから二度と使わない、と話を聞いていたにもかかわらず、)チケットを購入。夜20時発のシュトゥットゥガルト行き。お兄さん曰く、「ニュルンベルグまでなら30分ですよ」とのこと。内心「いやいや3時間はかかるでしょ」と思いつつ、これでドイツに帰れるし、というかドイツに着けるならどの都市でもいいと思い込み、夜まで空港で待機しました。

                         そのあいだ、シュトゥットゥガルト-ニュルンベルグ間の電車について調べてくれたえが、国際電話をかけてくれたお父さん、本当にありがとう!!一人で心細かったので、繋がったとき安堵で涙が出そうでした。



                         読みづらいけれど「AQUI」(↑)の文字。横断歩道で見かけた、スペイン語で「ここ」を意味するAQUIは、「アキ」と発音されるので通りでよく耳にします。空港でも、まぁそれは頻繁に耳にして、分かってはいるけれど、ついつい振り返ってしまう。

                         14日の夜22時半、無事にドイツに帰国。シュトゥットゥガルトの空港は大きいので24時間開いています。つまり安全。そしてタダで泊まれる。ホテル代わりだと考えている自分にビックリですね。逞しくなったものです。笑
                         そして15日、ようやく昼前に一週間ぶりのErlangenに帰ってくることが出来ました。
                         ただいまー!!


                         が、昼過ぎ、大石から受けた電話。
                        「私たちRyanairから搭乗拒否されたんです」
                         え!?結局、彼女たちも涙ながらに日本語を交えて抗議したけれど乗れなかったらしく、Lufthansaで帰国するとのこと。

                         …留学生活で最大の珍道中でした。

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