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    • 2011.02.02 Wednesday
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    女3人珍道中

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       23日17時にミュンヘン空港に到着する予定だった母と玉置さん。けれども22日19時過ぎに国内電話で繋がった、私と玉置さん。
      「2時間待ったんだけど、あきちゃん来ないから、もしかしたら日時間違ったんじゃないかと思ってね。今ANAの人に携帯電話を借りて、やっと連絡とれたの」
       えー!!

       と、色々あったのですが。無事23日13時に再会を果たすことが出来ました♪
       その日はそのまま予定を前倒しにして、早めのオクトーバーフェストへ。一旦ホテルに荷物を置き、私はDirndlに着替え、出発!が、人の多いこと。やざわと来たときはまだ座る余地のあった椅子たちには、ぎゅうぎゅうに人のお尻が詰め込まれ、いくつかテントを見て回ったのですが(オクトーバーフェストの会場にはビール醸造所毎のテントがあり、その中で飲食が出来ます。勿論屋台のような立ち飲みも可能だけどね)、あまりの混雑に本当に見て回っただけ。その後、ホテルへ帰る途中にあるドイツ料理店でたーっぷりご飯を頂きました。
       ↓レープクーヘン。もとはニュルンベルグのお菓子で、はちみつやスパイスが入っています。これをハート型に焼き上げたものを、お祭りでは売られるようになっていて、オクトーバーフェストでもよく見かけます。中には小さなものを首から提げている子どもも。書かれている言葉は様々で「Oktoberfest(オクトーバーフェスト)」「ich liebe dich(愛しています)」等など。



       24日はミュンヘンのマリエン広場へ行き、ゲオルグ教会の塔から街を一望。昼過ぎにはエアランゲンに戻り、重たーいスーツケースを置き、お土産を沢山頂き(本当にありがとうございました!)、いざローテンブルグへ。距離的には近いのに、接続が悪いので2時間半ほどかかります。乗り換え3回!!けれど街の入り口はライトアップされ、建物には灯りがともっているので雨が降っていても愉しく夜のお散歩が出来ました。この夜はローテンブルグの「黄金の鹿」ホテルという旧市街の中心部に宿泊。とっても可愛らしく、ロマンティックな街にぴったりのホテルでした。夕飯はこのホテルの近くにある「黄金の鹿」レストランでフランケンワイン(この地方の名物)を頂きました。


       25日。昨日に続き、今日も雨。ローテンブルグの中世拷問博物館へ再び。もちろん私はベンチでお休みです。出口から出てきた母と言ったら、やっぱり胸がむかむかしていたようです。その後気分直しに、クリスマスアクセサリーの専門店ケーテでお買い物。最後にリベンジ、シュニーバルを買って、ヴュルツブルグへ向かいました。まずはレジデンツ。それほど広くはないのですが、綺麗な天井画があります。特に大階段から見上げる天井!!(ここも、こすもと来た思い出の地。ヴュルツブルグは私が初めてこすもを訪ねてドイツに来たとき、最初に訪れた街で冒険談も思い出もいっぱいなのです)撮影禁止のためここに載せることが出来ないのが本当に残念です。
       ↓代わりに街の風景。手前に流れるのはマイン川。5年前に来たときもここから写真を撮ったのですが、本当に風景が変わらない。もちろんテナントのように小さな店舗の入れ替わりはあるのだろうけれど、修復はしつつも建物自体を壊して立て直して、という行程がないせいか、町全体の趣や造りはきっと5年後も変わらないのだろうなぁという思いにさせられます。



       26日チェコのプラハへ。片道19ユーロで安い、と私の暮らす街では有名なプラハ行きのバスで3時間半。あっという間にスラヴ社会です。市内からは地下鉄で8つの地区にホテルを取ってしまったため、急遽タクシーで移動。お昼はホテルのレストランでチェコ料理を食べたところで、ローテンブルグ辺りから主張し始めた風邪が本格的に活動開始。私はあえなくホテルで待機し、玉置さんと母だけでプラハ城とカレル橋の観光に行くことに!
       玉置さんは観光も買い物も勇敢かつ大胆に向かっていくし、英語も話せるし、と思っていましたが、やっぱり帰ってくるまでは不安。と思いつつ、気づけば寝ていたらしく、無事2人共生還!


       27日ミュシャの美術館へ。アール・ヌーヴォー調の市民会館へ向かい、駅でまったり。駅構内の本屋さんや雑貨屋さんを回り、ニュルンベルグに帰国です。帰りのバスが2階の先頭だったことから、母大興奮!夜は御馴染みKitzmannでドイツ最後の夜ご飯です。ここで合い席した女性がアメリカから仕事で来ているPUMAの方で、なんと玉置さんと母が泊まるホテルが一緒。最終的には彼女と玉置さん、母と3人並んで写真を撮るほど意気投合していました。旅の出会いは一時だけど、暖かいよねぇ。


       28日、最終日はノイシュヴァンシュタイン城を見に、いざフュッセンへ。私にとっては今年2度目のICE(新幹線)。普段は鈍行ばかりです。オクトーバーフェストが開かれるこの時期、多くの人がミュンヘンに集まるため電車の遅延もいつも以上に多く、数日前確認したときには新幹線でさえ30分遅れだったので不安だったのですが、今回は何事もなく無事到着。そこから鈍行で2時間。母曰く、「10年分くらいの牛を見た」とのこと。牧草地帯なので牛でも馬でも羊でも、ご覧あれ!



       ↑左の女の子が来ているのがDirndl。白いシャツにワンピース、エプロン。右の男の子の服も民族衣装、レーダーホーゼン。

       さて、一週間にも及ぶ長旅。いつものことながら、過ぎるとあっという間に感じるものです。今回もそう。気づけばまたミュンヘンに戻ってきていて、2人にバイバイをしていました。
       留学して思うのは、人がいるところにその人の人生があるんだなっていうこと。「ここは私の居場所じゃない」「何処かに行きたい」と思っていても、今いる場所を離れない限りは確実にそこに自分の人生があって、やらなきゃいけない事もやりたい事も生まれてくる。だから、多分人は生きようと思えば何処でも生きることは可能なのだと思う。
       けれど今までどこに旅行に行ってもエアランゲンに来るとほっとしたのに、母と別れて一人エアランゲンに着いた瞬間、今まで程の安心感を感じることは出来なかった。それはやっぱり生きている場所以上に、無条件に愛してくれる人が与えてくれる安心感は大きいのだろうと思わされた。
       母は偉大です。


      やざわとランデブー♪

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         18日から、やざわが遊びに来ます。彼女は小学生からのお友達。今は都内で看護士をやっている、忙しい社会人です。今回「私に会うため」に来てくれたと豪語するだけあって、前日まで旅行はノープラン。笑
         

         18日ニュルンベルグ空港で再会!!出発日の朝4時まで飲み、飛行機の中でもアルコールを摂取したと言いつつ、すっきり元気なやざわさん。早速ドイツのビールを、と寮の近くにあるKitzmannに行きました。
         ともかく疲れただろうと今日は早めの就寝です。寝入る前にお土産だと日本のお菓子をたくさんくれました♪大きなドラ焼き!!


         19日はノイシュヴァンシュタイン城へ。高尾山もヒールで行ったことがある兵ですから、ここもブーツで城までの片道30分を歩いた彼女。ディズニーが好きなのでお城にも大興奮で全く疲れを見せず、帰りはなんと急傾斜の早道コースで帰ってしまいました。


         20日はミュンヘンへ。ここには2つ宮殿があって、1つは有名なレジデンツ。そしてもう一つはニンフェンブルグ城(Schloss Nymphenburg)。各時代の統治者のための夏の離宮で、ノイシュヴァンシュタイン城を計画したルートヴィヒ2世の生誕地だそう。とっても広い綺麗な庭がシンメトリーに広がっていて、花も噴水もあり、お散歩には最適な場所です。
         ここで発覚したのが、やざわの写真技術。どこにおいてもセルフタイマーで2人写った写真を撮り、時には片腕を伸ばして写真を撮り。私自身があまり写真を撮らず、セルフタイマーを未だに使いこなせないため、最後はやざわに写真係りをお任せするほどでした。
         そしてオクトーバーフェストの前にマリエン広場でも見ようと話している内に、バイエルンの民族衣装Dirndlを発見。思わず写真だけでも撮ろうと店に入ったのが運のつき。気づけば購入、着替え、でオクトーバーフェストの会場入りを果たしていました。週末に始まり、最初の平日ということで、座ってビールを飲むことが出来ました♪


         21日はローテンブルグからハイデルベルグへ…の予定。ローテンブルグの中世拷問博物館。私は途中で気分が悪くなり、やざわは1人
         そしてハイデルベルグへ、と電車を乗り継いでいると、バイエルンチケットで行けないことが判明!!バイエルンチケットとはバイエルン州内(加えてバイエルン近郊の幾つかの街)の電車・バスなどが1日中乗り放題になるチケットで、出発前にバイエルンチケットでハイデルベルグまで行けるか駅のおじさんに確認したのに…
         ということで、急遽目的地をヴュルツブルグに変更。駅を降りた瞬間、5年前にこすもと来たときのことを思い出し、わくわくしました。いやぁ、覚えているものですね。マリエン要塞(これが見た目以上に高くて急な階段で上るのです)で町全体を見下ろし、レジデンツへ。↓




         時間の関係上、中には入れなかったけれど、お庭で休憩。ローテンブルグで買ったシュニーバルを開くと…ふわふわのカビさん!!普段湿度が低いときは3週間ほど常温でも大丈夫だそうですが、やざわのいた日は本当にずっとお天気&暖かくシュニーバルもダウン。残念。
         帰りがけ、レジデンツ前で撮影隊を見ました。どうやらオーランド・ブルームが出る3D映画『三銃士』(来年4月公開予定)の撮影が行なわれていたようです。

         今回の旅の途中、やざわから「小学生くらいからあきちゃんは海外で暮らしたいって言ってた」と聞く機会があった。そうだったかしら。自分が忘れてしまっているようなことを覚えていてくれる友達がいる、それはとても貴重なことなんだなと改めて感じました。自分の人生なのに自分だけの人生ではなく、何人もの人と共有している気持ちになれて、過去の自分なのになんだか私の知らない自分を発見したように思える。それは両親から子どもの頃の自分の話を聞くような、くすぐったい気分です。


         22日。今日は夕方から「中秋の名月パーティ」があるため、ニュルンベルグへ。教会を見て、広場を見て、泉でお願い事をし、要塞を見て、ランチ。↓



         やざわの目標として「飽きるぐらいビールとソーセージを堪能する」があったので、旅行中の食事は基本ビールとソーセージ。これはニュルンベルグのソーセージで、他にも白ソーセージや焼きソーセージ、フランケンソーセージなど、目に付くものは全部お腹に納めました。
         そして夜。2人でDirndlを着て、場所を借りたChrisのもとへ、とバスに乗っていると、電話がプルル。

        「もしもし、山本さんですか。お電話されたい方がいらっしゃいます」
        「???」
        「あきちゃーん、玉置ですー」
        「!?!?!?」

         23日の17時にミュンヘン空港に到着する予定だった母とその友人、玉置さん。
         なぜ今、国内電話で繋がっているのでしょう。
         つづく。


        München und Füssen

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           3、4日に日本から来てくれた先輩と共にミュンヘン&ヒュッセンに行って来ました。
           初日はミュンヘン。悪魔の足跡が残されたフラウエン教会、そこから12時ぴったりに動き出すマリエン広場を抜けて、塔から街が一望出来るペーター教会を見て、ランチは白ソーセージ!!ミュンヘンでは茹でた白ソーセージを甘いマスタードで食べるらしいです。ビールも3人で3種類。ラードラーにピルスに黒ビールを飲みました。
           レジデンツは只今ファサードが全面修理中…けれど中は全部見られます。ショートコース、ロングコースと途中から分かれるのですが、時間がないのにロングコースを選び全部観覧。お土産もしっかりゲットして、ヒュッセンに移り、ユースに泊まります。

           が、ヒュッセンで道に迷う…行きたい通りが見つからない…ということで、3人でうろうろしていると、目の前に車が停まり、
          「何か手伝えることある?」
          と女の人が!!道を教えてくれて、なんと車に乗せてユースまで連れて行ってくれたのです!!
           ありがとうございました。



           そして翌朝、今回の旅のメインである城へ。午前中にホーエンシュヴァンガウ、その後昼にノイシュヴァンシュタインです。ヒュッセン駅からチケットセンターまで直通のバスが出ているので楽々。何より日本人が沢山いるので着いていくだけで城まで行けます。
           チケットセンターで予約していたチケットを引き換えると、ホーエンシュヴァンガウまでは歩いて15分くらい。なので近くを散策したり、ホーエンシュヴァンガウの中庭を見たり、あ、中庭からはノイシュヴァンシュタインとアルプス湖を望むことが出来ます。
           ツアー自体はどちらのお城も35分と短め。話ではオーディオガイドを借りる、とあったのですが、私たちは人数が多かったのか少なかったのか、部屋毎に備え付けられたスピーカーから解説を聞くことが出来ました。
          (今回、お城の内容については触れません。というのは9月末に再び行くので、その際に詳しく書きたいと思います)


           ちょうどチケットセンターからヒュッセン駅までのバスに出会えたので、(バスは一時間に2本しかありません)、それに乗ってひとまず駅へ。そこからお腹が空いたーということでGasthofというレストランでドイツ料理を堪能!!愛子先輩が食べたがっていた鴨、あべべ先輩お気に入りのヴルスト(けど日本にありそうな味だった…)、レバーケーゼにケーゼシュペッツレを頂きました。ビールも勿論3人3種類。ヴァイツェン、ラードラーにヘルです。



           食べすぎでした。あまりに食べ過ぎたため、エアランゲンまでの3時間半飲み物しか受け付けない有様。が、今日はあべべ先輩の誕生日!!先輩が食べたいと言っていたザッハトルテをKurcafe(ヒュッセンの有名なカフェ)で買い求め、夜残ったビールと共にお祝いをしました。おめでとうっ。


          先輩とランデブー

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            ということで、また旅に出ます。高校時代、文化祭実行委員を一緒にやった先輩お2人、あべべ先輩と愛子先輩を1日お迎えして、2日〜Schloss Neuschwanstein白鳥城へ。
             9月に文化祭があったので、日本では毎年この時期になると当時の実行委員で集まっていました。今年は会えないなぁ…と思っていたのに、来てくれるなんて!!
             連絡が取れなくなりますが、ご心配なく。

             そうそう、そういえば日本はまだ異常に暑いようですね。この前母と連絡を取ったとき、37度で溶けそうだと言っていました。そんなに!?もう9月だっていうのにねぇ。ドイツは最近雨続き。おかげで気温もぐんっと下がり、昨日は13度。今日は最高気温が12度だって言うんだから堪りません。


            出かけたい病

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               今、父は名古屋に、妹は沖縄に、私はドイツにいる。
               なんという放蕩家族!!


              Regensburg

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                 今日はこすもとレーゲンスブルグへ。エアランゲンから2時間ほど電車で行ったところにある、ドナウ川の流れる街です。第二次世界大戦の被害が少なかった街で、コンパクトだからこそ小道や渡り廊下など歩き回る楽しみ(それも一日で!)があります。
                 が、乗り継ぎを間違え、気づけばエアランゲン方面への電車に!!一旦ニュルンベルグへ戻り、1時間半の観光。その後、気を取り直してレーゲンスブルグへと再出発です。
                 天気予報は小雨。けれど晴れ女パワーを発揮したこすものおかげで、ずっと晴天に恵まれました。




                 左右非対称な聖堂(↑ケルン大聖堂似てるらしい)。外観同様、内側も窓の形や柱の立ち方が違うという変わった造りです。もとの大聖堂は8世紀のもの、そこに13世紀、付け足す形で新大聖堂の建設が始まったものの、最終的に尖塔が完成したのは19世紀という。つまり長い時間をかけて作ったため、様式が統一されないまま完成に至ったということでした。
                 お昼はドイツで最古のソーセージが食べられるレストランで。甘いSenf(マスタード)が美味しいー。
                 そして夜ご飯。↓




                 はぁ、こすも帰っちゃうのね…


                Cappadpcia und Istanbul

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                   8月12〜15日にこすもと共にトルコへ行って来ました。往復とも飛行機は深夜便というハードスケジュール。なんと、こすもは1日に3便の飛行機を利用し、ドイツを入国してすぐ出国するという慌しさでした。詰め過ぎちゃって、ごめんね。




                   メルハバー、着きましたカッパドキア!約3000万年前に3つの火山が同時噴火し、その時の溶岩と火山灰によって奇形した土地に、3世紀半ば古代ローマの弾圧から逃れてきたキリスト教徒達が隠れ住んだのが洞窟住居の始まりとされています。写真中央に見えるたけのこのような岩や、写真にはないけれどえのきのような岩がにょきにょきと大地から突き出ています。岩は現地でチムニーと呼ばれています。(かわいらしいネーミング)。傾斜の急な谷やチムニーの住居、教会、ホテル(洞窟ホテルに泊まりました。とっても豪華で、なんとジャグジー風呂付き!!)、その間に少しだけ覘くことの出来る木々。何処を見ても、にょきにょきしているのです。乾燥地帯なので日中はかなり日差しが痛いのですが、チムニーの中は10〜15度に常に保たれ過ごし易いのです。
                   チムニーの風化や戦火に脅かされるようになる1950年代まで、多くの人々がこのチムニーを掘り、暮らしていたそうです。もちろん今でも、少数ではありますが住人の方がいらっしゃいます。

                   ここの広さといったら!!写真右下に写るのが、私(崖から下を覗き込むような姿)。ぐるり360度、本当に雄大な景色が視界を埋め尽くします。
                   それを朝、気球に乗って上空から見ることが出来ました。↓




                   ここでは、30近い気球が上がります。朝4時半集合だと言うのに、(私が時差を考えず目覚ましをセットしたので、危うく遅刻してしまうところでしたが…、)多くの観光客の皆さんと朝日まで望むことが出来ました。世界は本当に広く、多様です。
                   12日レッドバリーという谷まで徒歩で延々歩き、どろどろに疲れてしまったので、13日はバスツアーに参加。ガイドさんの案内のもと、ポトリー(壷)工房に絨毯作り、ウチヒサル城、Open Air Museumを回りました。博物館では多くのフレスコ画が残された教会を見ることが出来ます。ここで謎が解明されました。
                   というのも、レッドバリーを歩いているとき見たチムニーは、どれも2階、3階があるのにも拘らず、階を上がる道具が見当たらなかったのです。そこで「どうやって住民は2階に上がっていたのか?」という謎が生まれたわけです。こすもとは、以前は紐が垂らされていたか、梯子が掛けられていたかと予想していたのですが…

                   なんと皆さんロッククライミングをしていたのです。よく壁面を見てみると、確かに手足を掛けられそうな穴が開いているものがある!!(中には風化して穴が無くなってしまっているものもあります)
                   そこで大阪出身のバス同乗者の方が一言。「昔の人はみんな細マッチョやったんやなー」体力を要するし、太すぎると上れない。うーん、日常が冒険です。傾斜の少ない壁面を素手で登るんですから。
                   その後お昼ごはんへ。トルコ料理でしたが、名前が分からず…なすにお米が詰められた美味しいご飯でした。ガイドのお姉さんはラマダン中のため、ドリンクのみ。またレストランの窓からは、金曜日のため一斉にモスクへ集まる人々の姿やアザーン(イスラムの礼拝の刻限を知らせる呼びかけ)を見聞きすることが出来ました。

                   さぁ、イスタンブールへ。夜行バスは予約せずとも、すぐにインフォメーションで見つけることが出来ました。起きて着いた、ブルーモスク。↓





                   イスタンブールの旧市街は見所がいっぱいあります。モスクは数えただけでも9つあるし、アヤソフィア(ビザンティン建築の最高峰と名高い、東方正教会の総本山)やトプカプ宮殿&ハーレム(15〜19世紀に使用されていたスルタンの住居)、グランバザール等など。1日で回りきれるか、と心配もしましたが、スタートが8時だったため、夕方には空港までのバスが出る新市街へと向かうことが出来ました。
                   何処のレストランに行っても思うこと、ウェイターが男性ばっかり。女性はまだ働く場が少ないのかなぁと感じました。

                   そして夜。飛行場へ向かうバスを探している途中、ものものしい雰囲気の警察官、及びパトカー、バスの数々を見かけました。こすもと笑いながら「私達守られてるねー」などと話していましたが…今日ニュースを見たところ、アルカーイダ組織に属すると思われる人からトルコに対し、ネットで音声表明されていたようですね。まさに昨日。今2人で慄いています。
                   実際、安全な社会や人懐こい人々、魅力的な文化を見てきたからこそ、ヨーロッパとアジアのあいだのトルコが、未だに左右の危ういバランスの上に立っているであろう情況が長い歴史の上に続いているものなのだと実感させられました。EUに加盟するにも、イスラム教国家を支援するにも、あいだを取るということは自立していなければいけないわけで、だからといって敵味方関係をくっきり区別して付き合うことが中立ともいえず、けれど孤立しては生きていけないので、絶対的な正解のない模索の道が長い間続き、今後も考え続けなければならないのだと感じました。それはトルコだけの問題ではないのですが。

                   そんな事を胸に、ヨーロッパ側の陸地にあるガラタ橋からアジア側のの陸地を見つめていたとき、谷川さんの詩『朝のリレー』を思い出しました。太陽が鮮やかに輝く、夕方でした。


                   「カムチャッカの若者が
                    きりんの夢を見ているとき
                    メキシコの娘は
                    朝もやの中でバスを待っている
                    ニューヨークの少女が
                    ほほえみながら寝がえりをうつとき
                    ローマの少年は
                    柱頭を染める朝陽にウインクする
                    この地球では
                    いつもどこかで朝がはじまっている

                    ぼくらは朝をリレーするのだ
                    経度から経度へと
                    そうしていわば交替で地球を守る
                    眠る前のひととき耳をすますと
                    どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
                    それはあなたの送った朝を
                    誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ」
                    (谷川俊太郎『これが私の優しさです』集英社文庫より)


                  St. Malo

                  0
                     そして最終旅行地、フランス!!やって来ましたサンマロです。のだめでも有名なこの街、モンサンミシェルの経由地です。ここから電車とバスを乗り継いで〜、とまずはホテルへ。今回の旅、ユース(共同部屋)ばかりでしたが、最後はホテル♪ 部屋に荷物を置いて、いざ駅へとバス停で待っていると…モンサンミシェル行きの電車がもうない!!時刻表で確認。…やっぱり、ない。そして、バスも来ない!!
                     サンマロ観光だと思いなおし、ともかくご飯を食べようとスーパーへ。けれど今日は日曜日。お花屋さんしか空いていません。が、明かりのついたカフェが隣に。店内に入ると、お客さんはゼロ。(11時、お昼にはちょっと早い??)店員さんに声をかけると、
                    「何?」
                     …ご飯が食べたいだけなんです。その後ごにょごにょと「あっちに行ってみて」と言われたようですが、皆さん我関せず。ご飯は目の前にあるのに、結局食べられず、とぼとぼバスを待つことに。えがはバイタリティいっぱいに「ヒッチハイクをしましょ!」と言ってくれましたが、皆さん珍しいアジア人の女の子を見ていくだけで止まってくれません。(そう、ここサンマロはヨーロッパ系の観光客が多く、アジア系の人はあまり見かけませんでした)




                     けれどサンマロは楽しい街です。小さな通りがいっぱいで、城壁の上に登り、街をぐるりと回ることが出来ます。城壁の上から見えた、シャトーブリアンのお墓がある小島(手前)へ。写真右手に見える道は、潮の満ち干きによって浮上したり沈没したりします。おやつにクレープを、夕ご飯にはムール貝のカレースープを頂きました。(ランチ時、色々なカフェで見かけたのがムール貝だったのです)海の幸、久しぶりに食べることが出来ました。幸せ。


                     翌日、ドイツへ帰るバスに乗るため、パリへ。1時間余裕があったので、ノートルダムに立ち寄りました(写真右↓)。お昼はセーヌ川近くのカフェでバゲットを食べました。





                     旅行をすると、マザーグースの歌を思い出します。

                     Oh that I were where I would be,
                     Then would I be where I am not;
                     But where I am there I must be,
                     And where I would be I can not.

                     (いきたいところにいけるなら
                      いまいるところには いないでしょう
                      いまいるところをでられなきゃ
                      いきたいところは いけないの。    江國香織訳)

                     ドイツに留学しているから、日本にいる私は望めないし、ロンドンにいるからエアランゲンにはいられない。何処かを選ぶということは、他の地にいる自分を捨てるということで、ここを出るということは他での可能性を得るということ。ドイツに来て半年、ちょっとずつ慣れて忘れていたことをこの旅は思い出させてくれました。
                     さぁ、残りも半年!!頑張ります。

                    Liverpool and London

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                       Dublinからフェリーで2時間。着きましたLiverpool、と来ればthe Beatles。(LondonではAbbey Roadを横断してきました!!)彼らが生まれ育ったこの街は、横浜に似ています。海辺だし、観覧車もあるし、レンガ街やショッピングモールもあるし。そしてここには、一風変わったバスがあります。初めは市内の観光ツアーをしてくれるのだけれど、その後海にザボンッと入るのです!!
                       「3・2・1」
                      とカウントダウンが聞こえ、声の方へ目をやると、水面に飛び込むバスがあり、えがと2人ビックリどっきりでした。(ドイツの一部の都市では、ビールを飲みながら移動する6人乗りの自転車があります)
                       ビートルズの博物館に奴隷博物館、大聖堂を見て、いざロンドンへ!!

                       Londonのユースホステルはノッティングヒル駅近辺。ピーターパンやハリーポッターなど色々な映画や本の舞台として描かれることが多いせいか、知っている地名や建物が時々目に付いて嬉しくなります。初めての地なのに、疎外感を感じることがないというか、なんというか。




                       そしてLondon!!絶対怖い、と覚悟していた地下鉄ですが、そこまで危なくも汚くもありませんでした。とは言っても油断は禁物ですが。写真はBritish Museum(無料)。↑ 朝だったためそれほど人は多くありません。が、4時間後には入り口の階段に座り込む人、前の庭で休む人で溢れていました。
                       中は、まぁ広いのかな。けれど陳列がごちゃごちゃしていて、一応時代ごとに分けたゾーンを国ごとに追っていくのだけれど、なんというか統一感の無さが目に付きます。もちろん、それぞれ所蔵品の価値はものすごく高いのでしょうが、石柱だけ壁だけ壷だけがぽんぽんと置いてあると違和感が残ります。ひな壇に雌雛、テディベア、ロボットを並べたような。(ちょっと無茶?)
                       年々、エジプトやギリシアからの返還要求は強まっていると聞きます。大変なことだと、他人事に思ってしまいました。自分はやってない、日本はやってない。そう思うことで何を正当化しようとしているのかと、悲しくなりました。竹島も北方領土も、自分が暮らしていた国の歴史さえ分かっていない。知らないまま、ただ他人事として見ないふりをする。反省させられました。


                       さて、シャーロックホームズの家があるのが、ベーカーストリート。ここの221bにホームズが住んでいるという設定らしく、(実はホームズは一度も読んだことがありません。けれどコナン君のおかげで多少の知識はあります)、以前は下宿屋だった建物が、現在はホームズ博物館として公開されています。近世スタイルの家具や、ホームズが考え込む時に使っていた椅子、事件を再現した人形たちなど本を読みたくなるようなセットでした。↓




                       続きましてはバッキンガム宮殿。↓通りには溢れんばかりの人ですが、実際は本当に人が溢れています。えがと今日は何か特別な日!?と話したほどの観光客の数でしたが、一日に一回の衛兵の交代式(毎日11時)ともなると、こんなにも人が集まるんですね。彼らは、暑い日だったけれど、長袖でもこもこの帽子もしっかり被っていました。伝え聞いてた姿そのもの!!




                       その後、前日出来なかったお茶会をするためtea.へ。本当はサザビーカフェという、お手頃(カフェによっては一人40ユーロのティーコースがあったりします)なアフタヌーンティが楽しめるというカフェにネットで探してまで行ったのですが…閉店。今日はその挽回です。クリームチーズとイチゴジャムのついたスコーン。随分としっとりしていて、とっても美味しかったです。

                       元気になった私達は、ウェストミンスター寺院へ。ここは元ダイアナ王妃の葬儀が行なわれたりと、王室と縁の深い教会です。中は大英博物館よろしく装飾や廟でごたごたしています。けれど聖母礼拝堂は本当に綺麗でした。この礼拝堂はまだイギリス国教会が成立する前、ヘンリー7世によって墓地として建てられたらしいのですが、象牙色にまとめられ、整然とし落ち着いた空間です。

                       さぁ、そして夜はミュージカルCHICAGOを見てきました。↓イギリス国内の都市からLondonへ長距離列車を使った人を対象に、1人分の料金で2人が観覧出来るという、「2 for 1」割引があったのです。ラッキー。一度日本で観たことは会ったのですが、舞台装置はオケを乗せたステージ一つ。場面展開に追いつけず、英語も分からずでした。けれど、音楽はやっぱりいい。わくわくしました。




                       最終日。フランスへ発つ前、ハリー・ポッターのロケ地ツアーに参加しました。9と3/4番線にも行けました。キングスクロス駅にあるのですが、今は改修中のため、ホームの端に半分壁に埋まったカートが設置されています。(そういえば、アメリカにはハリーポッターのセットスタジオがあるらしいですね)

                       さぁ、明日からはフランス!!


                      Dublin

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                         7月25日、アイルランドへ旅立ちました。Memmingenというミュンヘンの地方空港を使ったのですが…さすが安い飛行機(ダブリンまで片道55ユーロ!!)、アイルランドに到着したとき、拍手が生まれました。

                         アイルランドといえば、ギネス。黒ビールです。醸造所が博物館も併設しているので、行って来ました。ギネスビールの特徴は、一旦ビールを2/3ほど注いで泡が沈殿するのを待った後、更に注ぐというスタイルで、3分ほど時間をかけます。(写真に写っている黄色いくちばしの鳥は、ギネスのマスコットでトゥーカン。建物はギネス博物館ではなく、ユースホステル近くの交差点の看板です)↓



                         そして抑えておきたいフィッシュ&チップス。St.Patrickディにアイリッシュパブで食べたとき美味しかったので、ついに本場でと意気込んでお店に入りました。大きめだろうと予想して、サラダも取り、えがと半分づつ。美味しそうでしょー。フィッシュの皿に乗っている、小皿に入った緑の食べ物は、うぐいす豆です。ずんだ豆のように甘くしてあります。
                         食べ物シリーズで言えば、アイリッシュカフェ(珈琲+ウィスキー+生クリーム)も飲みました!!もとの珈琲も美味しいせいか、とっても飲み易かったなぁ。あの珈琲だけはまた飲みたい。(つまり、あまりお食事が美味しくなかったのです。当たりが悪かったのかしら。けれどユースの質素なお食事を見る限り、もしかしたらあまり食事に気を使う文化ではないのかもしれないとも思いました)



                         緯度が高いせいか、長袖が手放せない寒さ。けれど交通機関はどれも安全で、それほど凍えることもありませんでした。アイリッシュ音楽にもわくわくさせてもらったし。

                         そして最後は聖パトリック大聖堂。パトリックさんは4世紀、アイルランドにキリスト教を広めた聖人でウェールズ出身。今でも彼の命日(3月17日)にはドイツやアメリカでお祝いがされます。(あの緑色のビールを飲んだ日です)
                         その彼が祀られているのが、この大聖堂。裏庭は大きな公園になっていて、ブランコにも乗れます。それほど天気は良くなかったのですが、ピクニックする人びとの憩いの場になってたなぁ。



                         さぁ、明日はイギリス!!



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